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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和36年(ワ)70号 判決

原告 森川実 外一名

被告 三井鉱山株式会社 外二名

主文

原告等の確認の請求を却下する。

原告なみの金員支払の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「一、被告池田文雄、同三井鉱山株式会社は被告等に対し、債権者被告池田文雄、債務者原告森川実、第三債務者被告三井鉱山株式会社間の福岡地方裁判所飯塚支部昭和三十六年(ル)第一三二号同年(ヲ)第一五二号事件の債権差押および転付命令は無効であることを確認する。二、被告崎田義雄、同三井鉱山株式会社は原告等に対し債権者被告崎田義雄、債務者原告森川実、第三債務者被告三井鉱山株式会社間の同支部同年(ル)第一三三号同年(ヲ)第一五三号事件の債権差押および転付命令は無効であることを確認する。三、原告森川なみに対し被告池田文雄は金十万九千五百二十六円を、被告崎田義雄は金四万一千円を、被告三井鉱山株式会社は金十五万五百二十六円をそれぞれ支払わなければならない。四、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに金員の支払を求める部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

請求原因として、

原告森川実の関係において、

「一、原告等は夫婦であつて原告森川実は昭和三十五年十二月二十四日勤務先の被告三井鉱山株式会社を退職し、その後漆生鉱業所に運搬夫として勤務しているものであるところ、

被告池田文雄は福岡地方裁判所飯塚支部昭和三十五年(フ)第七号破産事件の債権表の執行力ある正本に基き同支部に対し、同被告を債権者、原告実を債務者、被告会社を第三債務者として原告実が被告会社に対して有する退職金、加給金および諸手当金債権に対し債権差押および転付命令の申立をし、同支部は昭和三十六年四月十七日右申立につき、同庁昭和三十六年(ル)第一三二号(ヲ)第一五二号事件として請求の趣旨記載のような債権差押および転付命令の決定をし、

被告崎田義雄は前記破産事件の債権表の執行力ある正本に基き、同支部に対し同被告を債権者、原告実を債務者、被告会社を第三債務者として原告実が被告会社に対して有する退職金債権につき債権差押および転付命令の申立をし、同支部は同年四月十七日右申立につき、同庁昭和三十六年(ル)第一三三号(ヲ)第一五三号事件として請求の趣旨記載のような債権差押および転付命令の決定をした。

二 しかしながら右各差押転付命令は次のような理由によつていずれも無効である。すなわち、

(一)  原告実は昭和三十五年八月十二日前記飯塚支部に対し自己破産の申立をし、同庁同年(フ)第七号破産事件として同支部に係属し、同年十月二十八日破産の宣告がなされたが、次いで昭和三十六年三月九日職権による破産廃止の決定がなされたところ、原告実はこれより先き昭和三十五年十月二十八日同支部に対し免責の申立をし、右申立事件についてはなお審理中であるから、右破産事件はいまだ破産解止となつているものということを得ず、従つて右破産財団に属する財産に対し強制執行をすることは許されない。よつて被告池田、同崎田の右各債権差押、転付命令は執行障碍の存在を無視してなされたものであるからいずれも無効である。

(二)  かりにしからずとするも、被告池田、同崎田の本件各差押転付命令の目的となつた原告実の被告会社に対する退職金等債権(以下本件退職金債権という)は、右各差押転付命令の決定のある以前に完全に原告森川なみに譲渡せられている。すなわち原告実は本件退職金債権を昭和三十五年十二月十二日原告なみに譲渡し、同日付内容証明郵便をもつてその旨を被告会社に通知し、右郵便はその頃右会社に到達した。よつて右債権は完全に原告なみに移転しており、従つて被告池田、同崎田の右各差押、転付命令は目的債権の不存在なるをもつて無効である。

(三)  かりにしからずとするも、被告池田の差押、転付命令については、その決定のある以前の昭和三十六年四月五日に同支部同年(ル)第一一七号(ヲ)第一二九号事件として右命令と全く同趣旨の債権差押および転付命令が本件退職金債権を目的として発せられており、被告池田はすでに右債権を差押え転付をうけているものである、而して右の同支部同年(ル)第一一七号(ヲ)第一二九号債権差押および転付命令は取消されることなく、またこれを無効とする判決もなく現在なお形式上は有効に存在しているから、被告池田は直ちに新たに転付命令を受ける利益がなく従つて被告池田の本件差押、転付命令は無効である。

三、よつて原告実は、被告池田と被告会社に対し、被告池田の本件差押、転付命令の無効確認を、被告崎田と被告会社に対し、被告崎田の本件差押、転付命令の無効確認を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、

原告森川なみの関係において、

「原告なみは、すでに原告実の関係においても述べたように昭和三十五年十二月十二日原告実から本件退職金債権を譲り受け、同日付内容証明郵便をもつて被告会社にその旨通知をなした。従つて原告なみは右債権を完全に取得し、被告会社より本件退職金の支払を受ける権利を有するものであるところ、被告池田、同崎田は右債権譲渡の効力を争い、右債権は依然として原告実に帰属するものとして前記のようにこれが差押転付命令の決定をうけ、被告会社も右退職金の支払に応じない。而して被告池田、同崎田の本件各差押、転付命令は目的債権の譲渡後になされたものであるから無効である。

よつて原告なみは、被告池田と被告会社に対し被告池田の本件差押、転付命令の無効確認を、被告崎田と被告会社に対し被告崎田の本件差押、転付命令の無効確認を求めると共に被告池田に対し同被告がその差押転付命令により差押え転付をうけた金十万九千五百二十六円の、被告崎田に対し同被告がその差押、転付命令により差押え転付をうけた金四万一千円の、被告会社に対し右金員の合計金十五万五百二十六円の支払をそれぞれ求むるために本訴に及ぶ。」と述べ、

被告池田、同崎田主張の各抗弁事実を否認した。〈証拠省略〉

被告池田訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として

「原告等主張の事実中、原告等が夫婦であつて原告実が被告会社に勤務していたこと、被告池田が福岡地方裁判所飯塚支部に対し、原告主張のように本件退職金債権を被転付債権とする債権差押および転付命令の申立をし、同支部が昭和三十六年(ル)第一一七号(ヲ)第一二九号事件および同年(ル)第一三三号(ヲ)第一五二号事件としてそれぞれ原告等主張のような債権差押および転付命令の各決定がなされ、その頃原告実および被告会社に送達されたこと、原告実が昭和三十五年八月十二日に同支部に対し自己破産の申立をし、その後原告実主張の日にそれぞれ破産宣告がなされ、次いで職権による破産廃止の決定がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。」と述べ、

抗弁として、

「かりに原告等主張のような債権譲渡がなされたとしても、右債権譲渡は次のような理由によつて無効である。すなわち、

一、本件退職金債権は労働基準法にいわゆる労働の対償として支払われる賃金と解すべきものであり、従つて同法第二十四条の趣旨により右債権を他に譲渡することは禁止されているのであつて、同条に違反してなされた本件債権譲渡は違法無効である。

二、かりにしからずとするも、右債権譲渡は原告等が通謀して原告実に対する被告池田等各債権者から差押え取立てられることを回避するためになされた仮装のものであり、従つて虚偽表示であるから無効である」と述べた。〈証拠省略〉

被告崎田義雄は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、

答弁として

「原告等主張の事実中、原告等が夫婦であつて、原告実は被告会社に勤務していたがその後退職したこと、被告崎田が福岡地方裁判所飯塚支部に対し、原告主張のように本件退職金債権を被転付債権とする債権差押および転付命令の申立をし、同支部が右申立につき昭和三十六年(ル)第一三三号(ヲ)第一五三号事件として原告等主張のような債権差押および転付命令の決定をし、右決定はその頃原告実および被告会社に送達されたこと、原告実が昭和三十五年八月十二日に右支部に対し自己破産の申立をし、その後その主張の日にそれぞれ破産宣告がなされ、次いで破産廃止決定のあつたことは認めるがその余の事実はすべて争う。原告実の退職の時期は昭和三十六年四月二日である。」と述べ、

抗弁として、

「かりに原告等が主張するように本件退職金債権が原告実から原告なみに譲渡されたとしても、

一、退職金は労働基準法にいわゆる労働の対償として労働者に給付される賃金と解すべきものであり、従つて同法第二十四条に規定する本人直接払の原則の趣旨に徴し、これを第三者に譲渡することは禁止されているものと解すべきである。従つて右債権譲渡は同条に違反し無効である。

二、かりにしからずとするも、原告実は昭和三十六年四月二日付をもつて被告会社を退職したものであるから、右債権譲渡の当時においては未だ退職金債権は現実に発生していなかつたものというべく、かかる将来の債権を譲渡することはその性質上許されないものであつて、無効というべきである。

三、右の主張が理由がないとしても、右債権譲渡は原告実に対する被告崎田その他の各債権者等が同原告の財産を差押え、これを取立てるのをまぬがれるためになされたものであり、かかる債権譲渡は公の秩序に反するものであるから無効である。」と述べた。〈証拠省略〉

被告会社は適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

一、先づ原告等の本件差押、転付命令の無効確認請求の適否について考えるのに一般に差押、転付命令が発せられた場合に、原告等主張のような事由があるときは、右差押、転付命令はその取消を待つまでもなく債権移転の実体的効果を生じないという意味においては無効であり、従つて利害関係人は必要に応じて訴その他の方法により要件欠缺等を理由に当該転付命令に基く実体的効果の無効を主張することは許されるけれども、その無効であるというのは当該転付命令それ自体ではなく、当該差押転付命令に基く実体法的効果、すなわち差押債権移転の法律関係の不成立をいうものと解すべきである。けだし執行裁判所の裁判は、それが裁判である以上当然無効ということはあり得ないし、また確認訴訟は民事訴訟法第二百二十五条に規定する法律関係を証する書面のほかは現在における一定の権利又は法律関係の存否を目的とする場合にのみ許されるにすぎないからである。すなわち、転付命令の無効を訴によつて主張できるというのは請求原因事実もしくは抗弁としてなされ得るというにすぎない。ところで原告等の請求はこれと趣を異にし、たんに被告池田、同崎田の申立により発せられた各差押、転付命令それ自体の無効確認を求めるにすぎないのであつて、かかる請求はその性質上許されないというべきである。かりに本件につき右各命令の無効を確認しても、これによつて本件退職金債権が被告池田ないし、同崎田に属しないことを確定する効果を生ずるものではない。これを要するに原告等が被告等に対し、本件各差押転付命令の無効確認を求める利益はないものというべきである。

二、次に原告なみの被告等に対する金員支払の請求の当否につき判断する。

被告池田文雄が福岡地方裁判所飯塚支部昭和三十五年(フ)第七号破産事件の債権表の執行力ある正本に基き、同支部に対し原告主張のように本件退職金債権につき債権差押および転付命令の申立をし、同支部が右申立につき昭和三十六年四月十七日同庁同年(ル)第一三二号(ヲ)第一五二号事件として原告等主張のような趣旨の債権差押および転付命令の決定をしたこと、右決定のなされる以前の同月五日同被告のために同庁同年(ル)第一一七号(ヲ)第一二九号事件として同一債権を目的とする右決定と全く同趣旨の債権差押および転付命令の決定のなされたことは同被告と原告間に争がなく、被告崎田が前記破産事件の債権表の執行力ある正本に基き同支部昭和三十六年(ル)第一三三号(ヲ)第一五三号事件において同年四月十七日原告等主張のような債権差押および転付命令をうけたことは同被告と原告間に争がない。而して被告会社は、原告主張の以上の事実を明かに争わないから右各事実を自白したものとみなすべきである。而して原告実が被告池田、同崎田の各本件差押転付命令の決定がなされる以前の昭和三十五年十二月十二日に、同原告が被告会社から支給される賃金、諸給与金、賞与金並びに退職金債権を原告なみに譲渡し、原告実が同日付内容証明郵便をもつてその旨被告会社に通知し、右郵便がその頃被告会社に到達したことは、被告会社において明かに争わないから、これを自白したものとみなすべく、原告なみと被告池田、同崎田との関係においては被告池田と原告間においては成立に争がなく、被告崎田と原告との間においては郵便官署作成部分は公文書であつて真正に成立したものと認められその余の部分は原告等各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証の記載と原告等各本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができる。

ところで右債権譲渡は適法有効なりや否やにつき考えるのに、一般に労働者が退職に際して使用者から支給されることのある退職金の性質については、これをもつて労働基準法第十一条にいうところの労働の対償たる賃金とみなすべきか否かにつき議論のわかれるところであるが、退職金の支給が、使用者の労働者に対する一種の恩恵的給付として任意的になされるものでその給付が使用者に義務づけられていない場合においては、これをもつて賃金と看做すことは困難であるが、退職金の支給が労働協約、就業規則等において明確に規定せられ、使用者の義務とされており、その支給条件等が明らかであるかぎり労働の対償としての性格を有するもの、すなわち退職を事由として支給される賃金と解するのが相当である。これを本件についてみるに、証人富安昭一の証言によれば、被告会社においては退職金の支給については退職金支給規程をおき従業員が退職する場合には同規定によつて退職金の支給がなされていること、原告実は右規程にもとづき総額金四十五万九千九百五十七円の退職金(但し税金、保険料等を控除して手取額金三十六万千二百五十三円)を受取ることとなつていることが認められるのであつて、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。右事実に徴すれば本件退職金は単に恩恵的に支給されるものではなく、労働の対償の一部たる性質を具有し、賃金とみなすのが相当である。すなわち原告実は退職を条件として当然に賃金たる退職金の支払を請求する権利を有するものである。

而して本件退職金のような労働者の賃金については、労働基準法第二十四条により法令に別段の定めがあるか、もしくは労働組合との間に協定等がある場合のほか、その履行方法としてはすべて直接本人に支払うことが要求せられ、これに反する支払は同法第百二十条により処罰されることとなつている。右のいわゆる本人直接払の原則は、同法第五十九条などと同じく、従来我国においては第三者が種々の名目を用いて労働者の賃金を奪取しその生活を脅かすことが多かつたために、賃金を確実に労働者の手に渡してその生活を保護するために罰則付で労働者以外の者が賃金をうけとることを禁止するもの、すなわち労働者保護の建前から規定せられているのであつて、右規定の文理上は補償をうける権利(同法第八十三条)の場合のように直接賃金債権の譲渡を禁じていないけれども、その立法趣旨よりすれば実質上賃金債権の譲渡を許さずこれに反する賃金債権の譲渡は違法無効であり、使用者も賃金の譲受人に対して賃金を支払うことは許されず、支払つても無効であると解するのが相当である。

以上のような理由によつて、原告等間の本件債権譲渡は、労働基準法第二十四条所定の除外事由に該当することの主張立証のない以上、結局同条に違反して無効なものといわざるを得ない。してみると、本件債権譲渡が適法有効であることを前提とし、被告崎田、同池田の本件各差押転付命令が実質上無効であることを主張し、被告等に対し転付金の支払を求める原告なみの請求は理由がないといわなければならない。

三、そこで原告等の被告等に対する確認の請求はいずれも不適法であるからこれを却下し、原告なみの被告等に対する金員支払の請求は理由のないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川淵幸雄 岩隈政照 松永剛)

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